私の母(かぁ~ちゃんと呼んでました)は、私が26歳、弟はまだ20歳、かぁ~ちゃん54歳の時に末期の大腸ガンでこの世を終えてしまった。今はあの世かなぁ~
かぁ~ちゃんは大きな大学病院の看護婦をしていた。あの世に行ってから23年間、かぁ~ちゃんを忘れたことはない。そのかぁ~ちゃんがどんな人だったか、かぁ~ちゃんがすごく気にしていたその後、家族がどうなって行くのかをようやく書き残そうとPCに向かっている。
なんでかなぁ・・今までこの手の内容は避けてブログを書いてきた。でも今は書きたい!と思う。文章も頭に浮かぶ!きっとかぁ~ちゃんがあの世に行った54歳という年齢に私が近づいたからかなぁ。分からない・・・書けばかぁ~ちゃんに近づける気がするからだろうか・・
最強かぁ~ちゃんとは(病院編)
- 「若い看護婦で生意気な子がいたからトイレに呼び出してやったわぁ」とリンチをしたかのような事を普通に言うかぁ~ちゃん。
- 私がまだ10代の頃、自動販売機毒入りジュース事件が続いてた時。。。「今日さぁ、例の毒入りジュース飲んじゃったチンピラが運ばれて来てよ。ギャァーギャァーと叫ぶから、男のくせにビービーわめくんじゃない!って言ってやったわ。そしたら親分みたいな人が来てさぁ、ちゃんと頭下げて「こいつを頼みます」って礼儀正しいねぇ~上の人は!」ってチンピラに喝を入れるかぁ~ちゃん。
- 「今日も来たよ、タクシー会社からの請求。「この病院からのお客さんを乗せたんだけど、お客さんのお宅についたら後部座席に誰もいない」ってさぁ。。それ先週亡くなった〇〇さんです。。って説明したけど請求の電話が来るのはこっちだからね~」って慣れた口調で話すかぁ~ちゃん。
- 「医者とは結婚するんじゃないよ!医者なんて金持ってないよ。ましてや大学病院の医者なんてさぁ。開業医なら別だけどね」。。と、しっかりしているかぁ~ちゃん。
- 「大学病院は早稲田派と東大派があって、色々面倒が多いんだよねぇ~」とドクターXのような事を言うかぁ~ちゃん。
- 「傷心自殺した子が運ばれて来たんだけど、すっごい匂い!香水を一気飲みして死のうと思ったんだって。死ねないよ~それだけじゃ。逆に胃が焼かれるように痛くて苦しむだけなのにね~」と生々しいことを話すかぁ~ちゃん。
最強かぁ~ちゃんとは(家編)
- 夕方5時には帰ってきて、雨でも雪でもすぐに自転車乗りスーパーへ買い物に出かける、かぁ~ちゃん。
- 私たちがケガや病気をすると、夕方には治療する器具や薬が家にあり、家で処置が行われる。だからあまり病院へ行ったことがない私たち。家では手荒い治療のかぁ~ちゃん。
- とにかく家では常にトップに君臨していたかぁ~ちゃん。
- 夜はとぉ~ちゃんと日本酒を飲みながら楽しそうに話すかぁ~ちゃん。
- 私が小学生の時に猫を拾ってきたが反対され、大きな家の庭に置いてきた時。「ちょっとまだいるか見ておいで」と言うかぁ~ちゃん。見に行くとまだいた。そしてその夜から家の猫(チョビ)になった。一番かわいがっていたかぁ~ちゃん。
- 4人兄弟の中で一番しっかりしていて、いつも相談役だったかぁ~ちゃん。
- 私が20代の時に当時付き合っていた人に振られた時、彼との思い出の物を一緒に捨ててくれたかぁ~ちゃん。
- 勉強なんかできなくてもいい!とにかく人に迷惑だけはかけるなっといつも言っていたかぁ~ちゃん。
そんな最強のかぁ~ちゃんがこの世からいなくなるなんて考えたこともなかった。老人になるまでこの世にいると、一緒にいると思っていた。
余命3か月と言われるまでは・・・
あの日から家は大きく変わった。みんなで積み上げてきた何かが上から少しづつ崩れて落ちていくのが分かった。
さて、明日も続けよう~!
かぁ~ちゃん、マジ、リスペクト!!